本講座の概要

ご挨拶

東京大学大学院薬学系研究科育薬学講座は平成16年10月に、社会薬学関連講座とし設されました(当時の名称は医薬品情報学講座)。私は、本学薬学部卒ですが、教員としては本学薬学部・大学院薬学系研究科、本学医学部、九州大学薬学部・大学院薬学研究院で教育研究生活を送り、14年前に薬学部・薬学系研究科に本講座を設立するに至りました。

私の研究のバックボーンは、基本的には、薬物動態学、生物薬剤学ですが、東京大学医学部附属病院で勤務していた経験から、医療現場における医薬品に関する種々問題点についても広く研究してきました。九州大学においても薬学的知識・技術などを武器に医療の視点から教育研究を行ってまいりました。東大から九大、更に東大へと綿々と継続してきた研究をさらに発展させるとともに、薬学教育6年制などにともなう薬学を取り巻く教育・研究環境の変化にも柔軟に対応しているところです。最近注目すべきことは、本学大学院情報学環にも薬学系研究科から本講座の教員が一定期間流動することによって、「情報」をキーワードに文理融合、理理融合を基盤として医薬品情報のあり方に関する基礎と応用の研究教育を推進していることです。

本講座が主題とする医薬品情報学では基本的には情報などのドライな教育・研究材料を取り扱います。しかし、材料の基盤となる情報はウェットな基礎・応用研究によって生み出されるものであり、その視点を忘れては、ドライな研究も成功することができないと思います。

更に、地域の医療現場からの新規医薬品情報の創出も重要な研究フォーカスです。そのための一つの方策として、地域医療に貢献する薬剤師、医師との連携を深めております。現在は、医薬品情報の収集、評価、解析、提供、提案に関する東京(文京区)、福岡(福岡市)と佐賀県(唐津市)の遠隔地連携体制が構築されたところです。もう少し判りやすく述べますと、「東京と福岡、唐津における医と薬の連携」において、本講座が有用なプラットフォームとして役割を担うということです。最近は、インターネットを介した薬剤師、医師との情報交換・提供システムの構築により、これら地域のみではなく、全国の医療現場の薬剤師、医師とも連携を深めております。

本講座の目的は、地域の薬剤師と医師が「医薬品適正使用」を粛々と行うために必須の優れた情報を継続的に提供していく中で、新規情報の創製を目指した「育薬」研究を実践する、ということです。「育薬」研究というのは、創薬段階では見いだせなかった新しいエビデンスとしての、副作用・有害事象、薬物相互作用、使用法・適用法、使用上の注意、適応外使用法を発見し、更にそれらの実態を調査し、メカニズムを解析することであります。私は、この医薬品適正使用のための情報提供と育薬研究「医薬品ライフタイムマネジメント:Drug lifetime management(DLM)」を、東京と福岡、唐津での連携をモデルとして、最近は、全国レベルでネットワーク展開を行っております。大学薬学部が薬物療法において、医・薬の連携のための有効なプラットフォームとなる例はこれまで殆どありませんでしたので、私どもの研究教育・サービスは、医薬品市販後の諸問題を解決するために大学が行う新たな社会貢献の一つの柱に位置付けられるではないかと考えています。これらの取り組みは、本研究科の教員有志により設立した NPO 法人医薬品ライフタイムマネジメントセンター(DLM センター)との強固な連携のもと進めています。

私どもの研究室は、東京大学本郷キャンパスにあり、医薬品情報の収集、評価、再構築(規格化・標準化・電子化)、提供、提案などの、いわゆる「ドライ」な研究と業務、新規医薬品情報を創製するための「ウェットな」基礎・応用研究を展開しています。我々は、この地で、「全国の医療従事者と医療消費者のため医薬品情報発信基地」(医薬品ライフタイムマネジメントの中核をになう医薬品情報室)として機能するために日夜研究を進めています。

平成21年2月

東京大学大学院薬学系研究科 育薬学講座

澤 田 康 文

本研究室の目的

医療現場での医薬品適正使用・育薬研究分野と製薬現場での医薬品のライフサイクルマネージメント研究分野を融合させて、確実に医薬品ライフタイムマネージメント(DLM)を遂行するための「医薬品情報学」(Drug Informatics)を確立することが研究における本研究室の使命です。また、DLM において指導的役割を果たすべき人材を輩出するための体系的教育システムを構築することを目的としています。

本研究室設立の背景

薬害・有害事象の発生や不適切な薬物治療によって医薬品が市場から撤退させられてしまうことは大きな社会的損失です。こうした損失を回避するためには、医薬品が販売された後に医薬品が適正に使用されているかを監視する(医薬品適正使用とリスクマネジメント)とともに、新たな副作用・有害事象、使用法・適用法、使用上の注意、適応外使用法を発見し、それらのメカニズムや対処法を提示する(育薬)必要があります。これらが実現されることは、医薬品の製品寿命の延長や新たな創薬シーズの掘り起こしに貢献するにとどまらず、薬害の抑制や薬物治療の適正化によって私たちの健康を守ることにつながります。私たちは、医薬品販売後のこうした一連のプロセスを「医薬品ライフタイムマネジメント」(Drug Lifetime Management:DLM)と名付けました。私たち育薬学講座では、DLMを遂行するための医薬品情報学の学問体系の確立と、DLMの担い手となる指導的役割を果たすべき人材を育成するための体系的教育システムの開発を行い、医薬品適正使用が確実に行われる社会の実現を目指しています。

期待される成果

医薬品情報学の研究の推進と、DLM を実施できる人材の育成により、製薬企業においては医薬品の製品寿命の延長や、優れた新薬創製のための研究開発費の確保、医薬品開発(創薬と DLM)サイクルの効率化が期待できます。また、知識・技能・態度に研鑽を積んだ人材を介して、医薬品開発における医療現場と製薬現場との効率的な連携が可能となるでしょう。最終的には、医薬品情報学の研究成果と輩出した人材が、医薬品産業の活性化・国際的競争力を強化することは言うに及ばず、薬害の防止や国民の薬物治療の質的向上に大きく貢献すると考えられます。さらに、本テーマに深く関わる、情報関連産業、医療関連サービス産業などの発展にも寄与することが期待されます。

本研究室の沿革

育薬学講座は、社会薬学関連の寄付講座(医薬品情報学講座)として平成16年10月に東京大学大学院薬学系研究科に新設され、平成27年4月に名称が現在の育薬学講座になりました。本教室は、九州大学大学院薬学研究院教授澤田康文が客員教授として赴任することによって始動されました。また平成17年度からは、客員助教授として九州大学から大谷壽一博士、助手(現特任准教授)として東北大学から堀里子博士、学術研究員(現非常勤講師)として三木晶子博士も加わり、本格的な研究活動を開始しました。平成19年に佐藤宏樹博士がリサーチフェロー(現特任准教授)、平成28年に玉木啓文博士が特任助教として新たに加わり、現在は5名のスタッフで教育・研究活動を行なっています。本研究室では東京大学薬学部および情報学環の学生を受け入れており、平成29年4月現在、本研究科の薬学博士課程学生1名、本学薬学部の6年生1名、5年生2名、4年生2名の計6名が在籍しています。

研究目標・教育目標

研究目標

DLM の研究を推進するために、「医薬品情報」に関する以下の内容を扱う「医薬品情報学」の学問体系を確立します。

  1. 適正な収集

  2. 薬物動態・動力学に基づく評価・解析

  3. 種々危険因子(遺伝子多型、薬物相互作用、肝・腎疾患など)による薬物動態・作用変化の定量的予測

  4. 最適な規格化/標準化/電子化

  5. 医療現場に対する適切な提供

教育目標

製薬企業における医薬品のプロダクトライフサイクルマネジメント分野、並びに医療機関等における医薬品適正使用・育薬分野に従事する中堅的研究者・技術者あるいは薬剤師を対象に、DLM を指導的立場から推進できる人材を養成します。また、こういった育薬分野を牽引していく次世代の研究者の養成にも力を注いでいます。